虐殺器官

虐殺器官

「虐殺器官」

★★★★☆

邦題 虐殺器官
製作国 日本
製作年 2017年
監督 村瀬修功
原作 伊藤計劃
キャスト 中村悠一/大塚明夫/櫻井孝宏/小林沙苗 ほか
配給 東宝映像事業部
上映時間 115分
公式サイト 虐殺器官

あらすじ

9.11以降、テロとの戦いを経験した先進諸国は、自由と引き換えに徹底的なセキュリティ管理体制に移行することを選択し、その恐怖を一掃。一方で後進諸国では内戦や大規模虐殺が急激に増加。世界は大きく二分されつつあった。

クラヴィス・シェパード大尉率いるアメリカ情報軍特殊検索群i分遣隊は、暗殺を請け負う唯一の部隊。戦闘に適した心理状態を維持するための医療措置として「感情適応調整」「痛覚マスキング」等を施し、更には暗殺対象の心理チャートを読み込んで瞬時の対応を可能にする精鋭チームとして世界各地で紛争の首謀者暗殺ミッションに従事していた。

そんな中、浮かび上がる一人の名前。ジョン・ポール。
数々のミッションで暗殺対象リストに名前が掲載される謎のアメリカ人言語学者だ。
彼が訪れた国では必ず混沌の兆しが見られ、そして半年も待たずに内戦、大量虐殺が始まる。
そしてジョンは忽然と姿を消してしまう。彼が、世界各地で虐殺の種をばら撒いているのだとしたら…。

クラヴィスらは、ジョンが最後に目撃されたというプラハで潜入捜査を開始。
ジョンが接触したとされる元教え子ルツィアに近づき、彼の糸口を探ろうとする。
ルツィアからジョンの面影を聞くにつれ、次第にルツィアに惹かれていくクラヴィス。
母国アメリカを敵に回し、追跡を逃れ続けている“虐殺の王”ジョン・ポールの目的は一体何なのか。対峙の瞬間、クラヴィスはジョンから「虐殺を引き起こす器官」の真実を聞かされることになる。
(「虐殺器官」公式サイトより)

観た後には、ちょっとだけ頭が良くなった気分になれる、そんな不思議な映画です。
そんな気分に浸りたい方は是非ご鑑賞を!

Project Itoh

2009年に34歳の若さで他界した天才SF小説家・伊藤計劃(いとうけいかく)。
彼の遺した3つのSF小説「屍者の帝国」「ハーモニー」「虐殺器官」を3カ月連続でアニメ映画化するというアニメ界、SF界が満を持して臨む、一大プロジェクト。
だったわけですが、映画「虐殺器官」は制作会社が倒産し、制作続行不可能と言われながらも完成まで至った Project Itoh3部作最後の作品です。

素敵チケットにパンフレット。
入場者特典(先着順)のクリアブックマークは、朗読ボイス付き。
アニメ映画は特典が充実しててホント好きー。

『虐殺器官』とは一体何なのか?

人間には「虐殺のための器官」というもの元々備わっている。
言語学者であるジョンは、紛争や虐殺が起こる予兆として「ある言葉」がよく使われてるという事に気付きます。
その「言葉」は「虐殺のための器官」を刺激し ”殺戮本能” を呼び覚ましてしまう。
そこでジョンは、統計的にその言葉=虐殺の文法を導き出し、その言葉によるコントロールをすることで、紛争や虐殺を起こしていたんです。

序盤のシーン、暗殺部隊である主人公たちが任務を遂行する任務地で、現地語を理解するアレックスが車の中で流れる現地語のラジオを聞いていることが伏線になり、後にアレックスは感情の制御ができなくなり暴走します。
これは虐殺の文法と感情マスキングが互いに干渉しあったためだったのです。

ジョン・ポールが語る真理(ネタバレ)

後半戦の大きな見どころ、ジョン・ポールは何故各地で紛争や虐殺を引き起こすのか?
ジョン・ポールの行動原理は「愛する人を守るため」。
愛国心溢れるジョンは、ソマリアのテロで妻子を失ってから、自分の愛している人を失う悲しみに耐えられませんでした。
そして、愛する人々=ジョンの所属するアメリカ人 と
それ以外の人々=ジョンが虐殺の文法を広めて歩いた国々の人々
とをハッキリと分け、愛する人々のためには、その他の人間にお互いで殺し合ってもらい犠牲になってもらう、という理論です。

途上国で内戦や虐殺などの政情不安を意図的に作り出し、母国の平和を実現する。
悪意を持った隣人には隣人同士仲良く殺し合ってもらう。
その結果として、その矛はアメリカに向くことはなく、アメリカ国民は平和に暮らすことができる、というものです。

フィクション(SF)なんだけど

「人の不幸は蜜の味」まさにコレですよね・・・
人を陥れ、攻撃し、楽しむような機能は人間に標準装備されてる。
それがエスカレートしたら「虐殺」は引き起こせるかもしれない。
歴史的な事件(ナチスのユダヤ人大虐殺、ルワンダでの大虐殺、原爆投下、アレッポ虐殺など)を見ていると、人間には「虐殺」をすることができる器官が備わっているように思える。

今は誰もが言葉で簡単に人を憎悪できる時代。
マインドコントロールや刷り込み、プロパガンダ。
日本や世界で起きているニュースを見ていたら、「虐殺器官」の中の混沌の時代がすぐそこまで迫ってきているようにも思えます。

ウィリアムズは「ビッグマックを食べきれずにゴミ箱に捨ててしまうような日常のほうが、争いに巻き込まれるよりも大事だ」と言っていました。
ナショナリズムに舵を切りはじめた世界で、人々が自分のことしか考えなくなったら・・・このウィリアムの意見に反論できない自分もいるんですよ。

ジョン・ポールがやったことは正しいとは言えないけれど、愛する人、大切な人を守るためにという発想は理解が出来る。
自分たちの国の平和は、世界を平和な国とそうじゃない国に二分することで実現している。
この思考はすでに「虐殺器官」を刺激されてるんじゃないかって・・・。

近未来を視覚的に楽しめる

小説映像化の意義としては、SFの世界観やガジェットを視覚的に楽しめる点ですよね。
特殊暗殺部隊のメンバーは、戦闘中に痛みを感じないように痛覚をマスキングしていたり、人を難なく殺せるように感情を無くす「感情適応調整」を受けていたりします。
緑色の目薬を挿せば視界に照準器が写るし、体を透明化(背景に同化させる?)ことが出来る。そして、隊員が見たものは全て映像として他人が見ることも出来たりもします。

乗り込んだ隊員を飛行船から投下する棺桶みたいなポッドや、ポッドから離脱するドローンのような狙撃器、そのポッドは証拠を残さぬように一定時間経つと溶ける仕組みになっていたり。
ランニングの際に設定した目標タイムが自身の姿で映像化、その映像化された自分と競争するとか、そう遠くない未来に実現しそうなガジェットやテクノロジー描写は興味深いです。
人工筋肉を利用した兵器の数々は実際に実現するんじゃないかというリアル感で見応えありです。

語彙が豊富なので頭フル回転

この語彙の豊富さが最初に書いた「ちょっとだけ頭が良くなった気分になれる」ところですね。
おかげで映画上映中は、ずーっと頭がフル回転です。
疲れます。勉強不足を思い知らされます。

日常会話にはでてこないような純文学的な言い回しとかありますし。
文学的な知識まで知っていないと分からないところもありますし。
カフカ著作に関する内容も出てきますし。

「計数されざる」とか言われても・・・
漢字で見ると憶測しやすいんですけど、音で聞くと分からない。
小説を読んでから観たほうが情報が補完されて良かったのかもしれません。

エピローグについて

完全な鬱エンドで、シェパード大尉がジョン・ポールから受け継いだ虐殺文法を用いた告発を行い、アメリカ国内で混乱をもたらすという結末です。
アメリカが混乱に陥れば、テロを仕掛けるような理由もなくなり、今度はアメリカ以外の国を救えるいう、ジョン・ポールとは逆の発想です。
原作小説では「実際に文法の効果があらわれて、アメリカ崩壊寸前」という場面まで描かれていて、アメリカが虐殺の嵐になっている中、ピザを食べている主人公のラストカットもあるんですね。
映画では重要だけど語られなかった箇所があって(母親との関係性だとかルツィアを好きになる部分とか)、やっぱり原作を読んでから映画を観たほうが面白かったかも。

完全なフィクションだとは思えない、どこか本音をえぐられたような気持ちになりました。
全く突飛ではない、どこか身近さを感じさせるところ、目を背けたくなるような現実や描写にも真摯に向かい合ったところ、そしてこのプロジェクトを最後まであきらめなかったこと、すべてがこの作品の凄いところではないかと思います。

あと、PSYCHO-PASSが好きな人は好きだと思います。
PSYCHO-PASSアニメ8話で、槙島とチェ・グソンのシーンで伊藤計劃の「虐殺器官」が引用されているので要チェックですし、世界観もなんだか似ているし、主題歌もEGOISTだし。

小説は難しいって人は漫画も出てますよー。
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